ただいま♪ | パパ覚

ただいま♪

心の友 黒ひげさんから らぶレターをいただきましてw 


こそーり復活してみたりします。


いやいや、お友達ってのはいいですね。


なんの記事を書いていこうかなと検索キーワードを見てみると 「歴史」ってのが上位にいましたので、しばらくこのキーワードのネタでも♪


さて、一回目は・・・と


■ 江戸時代に「江戸前寿司」はいくらで食べることができたのか?


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「江戸前寿司」といえばちょっと贅沢な気分を味わる事のできる食べ物として人気ですね。


登場したのは江戸時代の文政年間(1818~1830年)頃といわれています。


にぎり寿司の文化は江戸時代が発祥ですが、江戸前寿司とは、江戸城の前に広がる海で取れた魚をネタとして使った寿司全般をさす言葉です。


贅沢とは縁のなかった江戸時代の庶民にとっても、この江戸前寿司は、手軽でありながらも贅沢を感じられる食事だったようで、今と変わりなく愛されていたようですね。


寿司のネタとしては、アジ、タイ、コハダ、アナゴ、玉子など今とほとんど同じメニューだったようです。


当時は、光りものが人気で、マグロはあまり食べられなかったようです。 


また、今と違って普通の店舗だけでなく、屋台の立ち食いスタイルの寿司屋さんも多かったようです。


さて、その江戸前寿司の値段なんですが、本来は1カンでおよそ4文から60文と結構幅がありました。

(1文は現在の20~25円程度)


しかし、時の老中・水野忠邦の「天保の改革」によって「贅沢はけしからん!」と、取り締まりの対象となってしまいました。


その結果、もっとも高いものでも8文程度と決められました。


ですが、その後 時代もかわり締め付けが緩んでくると、再び20文以上の寿司も出てくるようになりました。


寿司はどの店で食べるかによって値段に違いがあり、それなりの店で食べれば20~30文ですが、屋台で食べると10文以下という感じだったようです。


江戸時代は全国のモノの流通が整備され、ある地方の特産物などが全国に広がるのにさほど時間のかからない時代だった為、江戸前寿司も例外なく文政年間末期には大阪、天保年間になると名古屋にも広がっていきました。


次回は、江戸時代のちょっと贅沢つながりで 江戸の歌舞伎の入場料はいくらぐらい? 


では♪